中島敦

【中島敦】盈虚

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概要

「盈虚(えいきょ)」とは中島敦の小説。1942年7月の政界往来にて掲載された。

あらすじ

追放~即位まで

39年の秋、衛の霊公が息子にして太子かいがい(環境依存文字であるためひらがな表記とする)へ斉に使いを活かせた。
宋を通り過ぎたことだった。農夫が奇妙な唄「牝豚」を歌ったのであることを気づいた。
それは、霊公の現在の妻である宋の国の南子を返せとで二人の関係はおおっぴらすぎている。かいがいは刺客を送り南子を殺害しようとしたが失敗し普へ逃亡。この時、公子疾を連れて逃げる。
3年間、晋の軍に所属していると霊公が死亡し新しく衛を治めたのは異母弟ちょう。しかし、ちょうは権力誇示のためかいがいの入城を拒否し部下たちも言いくるめた。ちょうは孔叔ぎょくに言いくるめられており誰も逆らえない状態となっている。
孔叔ぎょくが死亡しかいがいの姉伯姫。伯姫は渾良夫を使いとしてかいがいを呼び出し現孔家の投手である孔かい(伯姫の息子)を脅し反乱を起こし衛を取り戻しかいがいは荘公。17年おかかった。

復讐

即位して最初にやったことは復讐である。
自らを虐げた者には極刑、冷遇したものは懲罰、中立だった者は冷遇。伯姫を含む孔家の者は国外追放にした。
渾良夫は宝器がちょうに奪われており取り戻すにはちょうを再び戻すならどうかと提案した。しかし、公子疾の耳に入り渾良夫は三件も罪(国君の紫衣を着る、天子持参の上卿用の車に乗る、国君の前にして皮を脱ぎ剣を釈かずして食う)の3つをしでかしたので処刑される。
その年の秋にて夢の中で渾良夫が自らの無実を訴える姿を見た。

己氏との因縁

城楼から下の街を見ていたら戎人の部落を見て追い出そうとした。その時、美しい髪の女「己氏の妻」を見て己氏の妻の髪を切り取り追い返した。ここで、己氏と因縁ができた。

反乱

冬、西から晋軍の侵攻と同時に大夫の石ほが反乱を起こす。和議を申し込むも拒否された。夜、国を出て宋へ目指そうと逃亡する。

最期

一軒家に泊めてもらった。が、その家のご主人がかいがいを見るなり怒り始めた。
そう、ご主人は己氏でありそばに己氏の妻がいた。
蕃刀を抜かれ命乞いをして美玉を見せるも通じず斬り殺された。これが、かいがいの最期であった。


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