歴史

【日本史】豊臣秀吉とねねの結婚は当時としては珍しい恋愛婚

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戦国時代において恋愛婚は珍しいことだったらしい。なぜなら、親同士の許しがなければありえないことだった。秀吉と朝倉家の娘ねね(高台院)はそれをやりとげたのだ。ある意味ですごいことだった。
ところが、秀吉は大の女好きで側室はけこういたらしい。でも、ねねは側室の淀殿と連携して秀頼の後見人をしていたりと側室たちとは仲が悪いわけではない。
なお、秀吉とねねの間には子がいなかったそうだ。これはよくわからない。秀吉には勇気がなかったのか、何か夫婦の仲で取り決めがあったのかわからない。
何か深いわけがあるだろう。


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