戦争・兵器

【戦争兵器】第1次エチオピア戦争

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第1次エチオピア戦争という戦争があった。
1895年6月-1896年11月。
発端はイタリア語とアムハラ語で書かれたウッチャリ条約の内容が違ってイタリア語は「エチオピアの独立を認める」が、アムハラ語の内容「エチオピアをイタリアの保護国にする」を読んだエチオピアの王メネリク2世が抗議、イタリアは意味が似ていると説得するも破棄された。
これにより、戦争開始。イタリアはオレステ・バラティエリにイタリア軍の指揮を任した。
さて、イタリアは近代化装備があるため、数に勝るエチオピアとは違う。と思ったかい?
違うのさ。
エチオピアのメネリク2世が保有する軍隊は数にプラスしてフランス製の近代兵器を持っている。つまり、どう逆立ちしても勝てるわけがない。
戦争の前半は近代兵器を持っていない軍閥をしとめて行き勝利していくイタリア軍。が、メネリク2世の軍は近代兵器を持っていたことが予想外。
アドワの戦いで両国の軍は補給できない状態だった。しかし、イタリアの首相フランチェスコ・クリスピは「アフリカ人ごときに戦いを避けるとは何ごとか!」と批判。
しかたないからバラティエリは夜襲を仕掛けて攻撃しようとしたらエチオピア軍は万全な態勢でお出迎えしてイタリア軍は大損害を受けた。
これが、原因で敗北し、バラティエリは責任を押し付けられて退役された。
戦後の2週間後にクリスピ政権は終わり、新政権はエチオピアにアディスアベバ条約を結びエチオピアの独立を認めた。
ちなみに、イタリア人捕虜の扱いは良かったという。


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